植木夫妻の家づくり日記 後編 「東北大地震と原発事故」
東北大地震と原発事故
未曽有の大災害となりました。死者・行方不明者が3万人を超え、さらに多数の避難者が、避難先を求めて現在も移動し続けているニュースが毎日のように報じられています。
津波・原発の影響で被害を受けた浜通りの自治体のほとんどが、福島県内のほかの市町村に役所機能を移動したとのこと。
会津にも多くの自治体が本部を移し、芳賀沼製作でも被災された方を受け入れる体制を整えていると、伸さんから聞きました。
私たちも、「被災された方に何か応援できれば」と思い、美郷ガーデンシティイの自治会の理事長さんに連絡をとってみました。そして、私たちの家を避難された方に提供したいと申し出たところ、早速数日後、「知り合いの浪江町の人を受け入れていただけないか」と電話がありました。
浪江町の役場が隣の二本松市東和地区に移設されたこともあって、二本松市・福島市に多くの浪江町の方たちが避難されているらしいのです。
私たちも月一度しか福島に行くことができない状況の中で、福島の人たちに何とか支援できないかと思っていたので、しばらく家をお貸しすることに決めました。
ただ地震後、私たちも家に行っていないので、まずは家の鍵を理事長さんにを送り、中を確認していただきました。
内部は、ひな人形が少しズッコケていたのと棚の上の不安定なものが2、3個倒れたり、落ちていただけで、ほとんど問題はありませんでした。あの横浜の社宅の家でもかなり揺れたのに、これだけで済んだなんて……。改めて、芳賀沼の家の強さを確認しました。
紹介されて私たちの家に早速入った避難者の方たちは、「こんなに良い家を借りていいのですか?」と恐縮して、連絡してきました。
「私たちが月に一度行く時、そちらに一緒に泊まることになりますが、それでいいのなら」という条件で、しばらくこの方たちに住んでいただくことになりました。
今月は、22日に福島に行く予定です。その時に、その方たちと今回の事故についてお話できるでしょう。
大地震という思いもかけない災害から、また思いもかけない方たちと知り合うことになりました。浪江町の方々とのお話は、日誌で今後掲載していきます。私たちの……芳賀沼製作の家が、被災された方たちを少しでも癒せればと願っております。
ふるさと次回は、「地デジアンテナ設置の依頼と、浪江町の方との出会い」